戦略的日記

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【言わないでほしかった。】解離性障害を患っている自分が父親から言われた言葉とは。

 

 休養中の私ですが他人からすれば三者三様なとらえ方をするわけでして。今回は、タイトルにも書いた通り父親との実の会話をそのまま書いてみる。

 

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 自分の見解としてはほっとおいてほしい。

解離性障害になって3年目。

相変わらず自分自身この病気とうまく向き合うことができず、制御もできていない。

その結果として、会社を突如長い間(1か月間から2か月間)休んでしまう傾向である。

 

自分の見解としては、見守ってもらうか一言だけ声をかけてもらうだけでよい。

 

他人に心配されるのは、ありがたいこと。

 

ただ心配されすぎると、逆に自分が周りの目線などを気にしてしまう性格なので、

気が気じゃなくなる。

 

提案営業という不安障害、解離性障害で対面の仕事を行っている人間からすれば、

酷な状況といっても過言ではない。(自分から選んだ仕事なのに)

 

だから日頃から人と喋るときも、過剰に心配されるよりも一言だけ、『落ち着いて』とか『気楽に』とかいってもらうと心がすっと落ち着くものである。

 

父親からすれば家にいることは仮病だ。

相反する父親。

正直書くべきではないといわれるかもしれないが、赤裸々に描いてみようと思う。

気分を害する方は、ここから先は見ないでいただだきたいと思う。

 

 

正直私は、父親が好きじゃない。

嫌いとも言い切れないのは自分のこの性格を表しているものだろう。

 

定年でちょうど60歳を迎えた父親。

同じ職場に40年以上継続して勤務して働いた人間だ。同じところに40年も働くのはすごいと思う。

 

ただこといろいろと意見に関しては、非常に合わない性格なのだ。

 

3年前に解離性障害になったとき

基本的に私の家系の場合。

一家の主である父親の役割が母親が担っている。かかあ天下とは違った感じがする。

 

 

9000ao1929.hatenablog.jp

 

3年前に解離性障害を患った経緯はこちらに記載しているので、詳細は割愛する。

ただいまだに忘れられないのが、解離性障害になってから1週間ぐらいたった時の話。

いまだに父親の言葉が忘れられない

自宅の自分の部屋で休んでいた時に父親が自分の部屋に入ってくる。

 

父親:『体調大丈夫か?』

 

俺:『いや全然』

 

父親:『そうか。早く仕事に行けよ。そんなことで長く休むなよ』

 

 

・・・・・そんなこと?

 

こっちとしては、パニック症状で会社を長期休養して休んでいてようやく気持ちが、

落ち着いてきたさなかで、そんなこと扱い?

 

そしてこれが父親なりのアドバイスだとしても、息子としては『ゆっくり休めよ』という言葉がどうしても欲しかった。

 

自分だって好きでこの病気になったわけではない。

好きで病気になっている人間だなんていないと思う。

 

 なんというか怒りよりも悲しみのほうが非常に強く感じた。

それ以降父親とコミュニケーションを図るのは、意図的にさけていたのかもしれない。

 

失声症で休んだ1年前の話

解離性障害の症状で、不安症状でまったく声がでなくなった失声症で1か月間休んだのも去年の今頃。

 

この時も当然のことながら家で休んでいる。

ただ土日休みの父親と顔を出くわしたくないから、父親から避けて行動していた。

 

夏の暑い日。

自分としてもまだ声がでないが、外に出れるぐらいまで回復はしてきたので、散歩をしにいった。

 

その時だ。農作業中の父親から、『どこか出かけるのか?』と言われ、

声が出ないから頷くことしかできない自分。

 

そして『声がでないならさっさと直せばいいのに』と父親から言われたのだ。

 

声がでないからさっさと直せばいいのに?はぁ?

 

こっちは声がでないから苦労しているのに、さっさと直せばいいのにと言われても、

治る方法がわかるのであればさっさと直しているわ。

 

この時も非常に悲しい気持ちになった。恥ずかしい話涙もでてきたものだ。

なんでこうなんだろうと、自分を責めた。

 

なりたくなったわけじゃないものなんでこうなったのだろうと。

 

不安障害で休んでいる今回の話

そして今回だ。

今回も先日不安障害で診断書をいただき1か月半休む方向性で進んでいる。

 

病気の時に家で休んでいるとどうしても父親の目線がきになってしょうがない。

なんというかまたなにか言われるのではないかと感じる。

 

そして今回もだ。

 

父親:『家にいてばかり休むじゃない。仮病なのか?時間があるなら農作業ぐらい手伝うことができないのか?』

 

いやも怒り、悲しみも通り過ぎて呆れに入ってしまった。

呆れてしまった。非常に呆れてしまった。

 

自分の病気のことを父親に理解してもらおうとは一ミリも感情がわかなくなってきた。

ただ平気で、なぜこのような言葉をかけることができるのかが本当にわからない。

しかも過去に何回もあってだ。

 

さすがに今回は自分もキレた。

 

『何回も何回も同じことを言ってさ、理解できないの?こっちが休んでいるのは休みたくて休んでいるじゃないんだよ』

 

って思わずキレて言ってしまった。

 

父親はだまってしまった。

 

時間がたって母親と喋ったのだが、

『あの人。自分に興味がないことに対しては、まったく興味を示さないからね』

 

ということは、自分が仮にこのまま不安障害、解離性障害をずっと患っていても、

父親からすれば言葉が悪いが『どうでもよい』と感じてしまうものなんだろう。

 

解離性障害を患っている人へ

同じ病気を患っている人たち。

偉そうに聞こえた申し訳ないが、私も日常生活は問題ないレベルで送っているが、時々症状がでてしまう。

 

症状一覧表

パニック障害になる

・気分の浮き沈みが激しい

・記憶が飛んでしまいなにもできない

・仕事前の吐き気、不安障害

 

同じような症状を患っている方も何かと苦労が絶えないと思いますが、

どうか周りに理解してくれる人に自分の思いをぶつけてほしい。

 

発散させることが大事

私の場合幸い人に恵まれていて、

・母親

・上司

・幼稚園の時から古い友人

 

そういった人たちに自分のことをさらけ出していてなんとか精神が保っている状態です。

周りに解離性障害の方がいる人へ

自分ではなく周りに解離性障害を患っている人がいる場合。

あくまで私の傾向ではあるが、過剰(表現があっているかわからないが)な心配をするとかえって焦ってしまう。

 

大丈夫?大丈夫?といわれるよりも、

 

落ち着いていこうとか、すーっと背中を刺し伸ばされたりとかそういったものがあるだけでだいぶ違う。

 

日頃の日常生活であまり支障が出ていないと思うので、周りからすれば判断しにくいかもしれない。

 

ただ一目見て、見た感じで違和感を感じるところがあれば、

解離性障害を患っている人からすればSOSのサインかもしれないので、

難しいかもしれないが感じ取って、一言声をかけてもらうだけでもだいぶ変わってくると感じる。

 

まとめ

語弊がないように言えば、自分が患っているこの病気って難しい。

理由としては、周りから見れば判断できないものだから。

しかも病気の症状が出るまでの間、体にダメージは受けていたかもしれないが、

仕事も欠勤せずに行っていた。

けど心もとない言葉をかける人もいるわけだ。

ただ自分が病気なので、解離性障害なのでというのもなかなか周りからすれば、

理解しずらいものだろう。

 

うつ病といえば何となくあんな感じねとかわかりやすく想像できるが、

解離性障害ねというと周りのリアクションからしても『?』がつくだろう。

 

私も最初はそうであった。

 

精神障害系の病気はなかなか受け入れにくいと、

個人的には感じるものなので自分自身でどうやって消化するかが大事になっていく。

 

この問題、答えが見えない。書き終えた段階見えた一つの答えだ。